2015/04/29

写真夢想



私が写真をかじりはじめて1年半くらいになるけど、写真を始める前と後では随分と考え方が変わったなあ…なんて最近思うようになり。


「背景」を感じる


よく言われることだけど、これまで特に注意を払わずスルーしていた身の回りの景色が、何か意味を持ったものに見えてくる。

それは通勤に使うごく普通の道路だったり、自宅近くの小さな公園であったり、隣家の植物であったり。そういうものでも、いざ「被写体になってくれるものは…」なんて調子で見ていくと、自然とこれまで感じることのなかったディテールが目に留まるようになる。あまつさえ特別な感情さえ抱かせる。

街路の名前も知らない小さな花に逞しさを覚え、古い看板にそこはかとない哀愁を想起させられる。よく手入れされた庭木に隣人の律儀さを見、時代を感じさせる店構えに何か意地のようなものを感じ取る。

2014/04/13

無難服の正義



こんなエントリが上がっていたので。


服装がダサい人の特徴と、唯一の改善策
http://anond.hatelabo.jp/20140413020052


これとは少しずれますが、今回は「今まで服にコストをかけてこなかったし着こなしの知識もない、だけど最低限ダサくない格好をしたい」という男性向けに、個人的に思うコスパの良い服の着方を箇条書きにしてみました。

おおむね服のジャンル関係なく応用できる内容になっていると思います。

私自身も「服に大金をかけるのは気がひけるけど、なるべく気分良く外出したい!」というタイプなので、真剣にファッションを考えている人には滑稽に映るかもしれませんがご容赦を。

2013/12/10

優しさが生むディスコミュニケーション


たとえば学校関係者なんかが、「自分がされたくないことは、他人にしないようにしましょう」ってことを言いすぎたんだろうと思う。つまり、「されたくないことは、人によって違う」ということを言わなすぎなんだよね。

今朝目にした上記のツイート 。「相手の脅威にならない交渉カードを堂々と突きつけられるのはなぜなのか」「自己を他者に投影しているからではないのか」という文脈の中で発せられたものだ。

ただ、現実には我々は自己の経験から自然と「自分と他人は価値観や考え方が違う」ということを学習していくはずで、例え上記の説教を実直に心がけたとしても容易に「他者に自己を投影してわかったつもり」になるとは思えない。つまり上記のツイートから端的に結論を導くことはできない。

しかしながら、このプロセスに他者との関わりの不足が介在すると話は別だ。